牧野信一

 停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘れ、誰はゞかることも要らぬ大きな声を張りあげて朗読しながら歩いてゐた。歩く――と云つても朗読の方へ大方の注意を込めてゐたから、一間すゝむと其処に五分間も立ちどまつて、神妙に首をひねつたり、また、思はず胸先に拳を擬し、何時までゝも空を仰いだまゝ、恰も琴の音に仰いで秣喰む馬のやうに恍惚として、口をあけてゐたりするのであつたから――この「歩いてゐた!」には、形容詞や副詞に余程誇張した言葉を選ばなければならないのであるが、私は「私」を「彼」とでも書き変へぬ限り、その亢奮状態を客観視しなければならぬ時になつて見ると、私自身にさへ不自然を感ずる位ひであるから、ほんとうはその亢奮状態を仔細に写すべきが必要なのであるが、止むを得ず省略せずには居られない。何故なら、そんな亢奮状態といふものは、得て客観者にとつて意味なき滑稽感を強ひるではないか? ましてや、私自身が、自身の、あまりに生真面目なあまりに終に滑稽化された己れの姿を、回想し、再び眼の前に踊り現すなどといふ残酷な業が堪へ得るであらうか! たゞ一途なる情熱家である自分自身に、あはれみ以外のものを感じたくない――のは人情であらうよ。

「今日は二人で、こうして海を眺めながら、歌を作り合ふじやありませんか。
 貴方は文科へ行つてゐらつしやるのだから定めし詩や歌をお作りになることがお上手でせう。
 私なんか、どうもたゞ下手の横好で……ちよつと待つて下さい――えゝと、

 ひとつ出来ました。
 まあこんなものですが、見て下さい。」
「……ウム。こりや、うまい、ほんとにうまい、実によく整つてゐますね。」俺にはとてもこんなに巧みに歌ふことは出来ない、と私は思ひました。

「さあ今度は貴方の番です。」
「私は出来さうもありません。」と私は自分の心の儘を云ひました。
「戯談じやありませんよ。謙遜されては私が困つて仕舞ひます。」
「謙遜? ハツハヽヽ、それや恐れ入つた。」
「私には、まあそれは謙遜とより他に思へませんもの、だつて、

 記者。お忙しいところへ、甚だ恐縮ですけれど、「私が処女作を発表するまで」と云ふやうなことに就いて、何かお話して下さいませんか。
 牧野。処女作は、学生時分――早稲田に居る間――に、二つ書いた。どつちが先だか忘れて了つたが、「爪」と云ふのと、「闘戦勝仏」と云ふのとである。「爪」を書いたのは慥か冬だつた。そして「闘戦勝仏」の方は夏だつた。兎も角、どつちが先だか判然しないが、非常な怠け者で、この二つしか書かなかつた。
 記者。処女作として発表したのも、その二篇なんですか。
 牧野。それは、ずつと蔵つて置いたまゝで学校を出てから、友達と、「十三人」と云ふ同人雑誌の仲間に這入り、その第二号に「爪」を載せた。そして、その四号だかに「ランプの明滅」と云ふ、やはり十枚足らずのものを出した。その次には、島崎先生から、「新小説」が新進作家号を出すから、それに何か書いて見ないかといふおはなしで、「凸面鏡」と云ふ十五六枚のものを書いた。それから、「若い作家と蠅」とか、「蚊」とか……など云ふ変な小品を「十三人」に出してゐた。「闘戦勝仏」は「十三人」の一周年号の時、同人が皆んな揃つて書くと云ふのだつたが、私は慥か、夏で、田舎へかへり、海へばかり這入つて居て、何も書けなかつた。それで、秋になつて、東京に出て来てから仕方が無く、大へん気おくれがしたが、「闘戦勝仏」を出したのである。それが慥か処女作には違ひないのだが、別段それが処女作のやうな気もしないので……皆んなその当時のものは、同じやうな気がするのである。それで今、いろ/\な名前を挙げて見たのである。